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マミポコの撮り日記

身の回りの写真とぼやき、、、気が向いたとき更新。
2010年あたりからの写真はほぼクリックで拡大して見れます。
(たぶん・爆)
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早めの夏休み(5)〜田老鉱山〜

長々と引っ張ってきましたが。

そろそろ記事アップしないと中身忘れちまうので。

 

東北逃亡編、最終局面に入ります。

 

6月30日 盛岡

 

前日はそこそこ運転して、あれこれ撮って、温泉入って、台風で頭を 抱えたりした1日でございましたが。

快眠度約60%と、旅先にしてはよく眠れたようで。

サクッと5時起き。

 

6時には盛岡駅前で雷蔵氏に拾ってもらいまして、いざざざ!出発。

いやぁ〜 相変わらず惚れ惚れするべっぴんっぷりですなぁ〜。

 

こんなキレイに乗られてる子を見せられちゃぁ、ウチのお嬢も綺麗にしなきゃ!って、気合も入りますのなぁ〜。

 

福田パン。

前日に何が食べたいかリサーチいただきまして、希望の品を買ってきていただきました幸せ者。

 

→ もぐもぐしながら移動〜!

 

3時間ほど走って、最初の目的地〜!というか、私的にはこの日1番の目的地であります、田老鉱山跡に到着。

 

これが見たくて見たくて、やってきたんですの〜。

 

 

撮影に夢中な人↓

@雷蔵さん撮影

 

苔むしたブロック塀も美しい。

 

 

 

 

社宅・・・かな

 

田老鉱山は硫化鉱(硫安の原料として)の鉱山で、遡ると1857年に発見されたところが始まりとなる。

その後、1918年、当時の持ち主だった井口儉治が資金難の為に放棄後、釜石鉱山が引継いたが、同年にラサ島燐鉱株式会社が買収し、翌年から試験操業を開始した。

その後は、操業停止と再開を繰り返し、資源枯渇のために1971年に閉山となったが、最盛期には4,000人が暮らす大規模鉱山であったとのコト。

 

まぁ、現場で撮ってたときはそういうの一切予習してなくて、帰って来てからあれこれ調べたのですが。

 

こゆとこ行く前は予習しとくと視点が変わるから予習必須ですな!

あまりにも素敵すぎて一日過ごせそうな場所だけれども、当日中に仙台まで帰らないといけないので、サクッと撮影終わらせて移動です。

 

そこからちょろっと海沿いまで走りまして・・・

東日本大震災の震災遺構として保存されている「たろう観光ホテル」

 

津波により、1階と2階が柱を残して流出する被害を受けながらも現存している建物で、宮古観光文化交流協会が行っている「学ぶ防災ガイド」に参加すると館内が見学できるらしい...。

 

廃墟好き好き〜ちゅ〜てあちこち周ってますけども、災害で人が亡くなっている場所ってのは神妙な気持ちになりまして、写真を撮る枚数も少なくなってしまったり。

 

そゆこと言い始めると、沖縄なんかも大戦の時にそこら中で人が死んでたりするわけで、まぁ、あてくしのそういった気持ちもなんだかずいぶん大雑把なもんだな〜、と思ったりもするわけですが。

 

先、急ぎます。

 

こちらは、先ほどの田老鉱山で採掘された鉱石を一次的に貯蔵していた施設の跡で鍬ケ崎鉱石貯蔵施設跡、と呼ばれているらしい。

 

写真のピンが甘いのは田老鉱山で設定いじって忘れてそのまま撮っちゃった・か・ら〜・・・ テヘペロ

 

◆◆また、続きますよ◆◆

| 逃亡など。 | 21:45 | comments(2) | - |
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    コメント
    最初に聞いたときは大事なく済んで不幸中の幸い、と思っていましたが、今頃出てきましたか〜。
    こういうのって安静がいいんだか動いた方がいいのかよくわかりませんが、早いとこ痛みが引いて快方に向かうよう念を送ります...
    うーん、猛省を促すほど気合の入ったお写真は撮れていなかった気がしますが...(汗
    まぁ、日頃一緒に行動することのない人と一緒に撮影したりなんだり、ってのは刺激になりますよね、と(笑)
    ウチのみっちょんは夏空が見られるうちに戻ってこられるのかしら・・・。
    | 真美 | 2018/08/13 9:48 PM |

    打ち身が痛くて寝てられないので返信も早いワタシですが、それは置いといて。
    このときの自分撮影分の出来栄えについて、あまりのやる気のなさに猛省し、夏の空の下で車を撮るんだとあちこち出かけたんですよ。
    ところがここだなっという場所が得られなくて、たどり着いても曇天とかで、往生しました。
    70万キロの前日に、蔵王から降りる途中でようやくタイミングが合い、撮ったんですよ。
    そしたら「頭上の余白は敵だ」状態で、地面の比率の方が多かったという(笑)
    | 雷蔵 | 2018/08/13 1:14 AM |

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